【東日本大震災被災地でのパノラマ撮影】

25.10.2012

東日本大震災被災地でのパノラマ撮影


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東日本大震災から1年7ヶ月

2011年3月11日に東日本大震災が起きてから、初めて被災地を訪問しました。震災発生から1年7ヶ月、随分と遅刻してしまった気分です。震災直後から、ボーイスカウトやアスリートソサエティのメンバーが被災地に行く際の後方支援的なものはやっていたつもりですが、自分で来ることがなかったのです。その頃は大震災が仕事に与える影響というものが見えずに、自分たちの短中期的な見通しを立てる為に精一杯だったというのが正直なところでしょうか。

宮城県気仙沼市訪問

今回は宮城県気仙沼市でのパノラマバーチャルショップ撮影の機会を頂き、その店舗撮影とともに周辺にも寄ってきました。気仙沼市は震災では約1500名の方が亡くなったり、行方不明になってしまった場所です。ここでの被害の多くは津波によるもので、確かに来てみると町と海の高低差が1メートル程度で、とても海に近いです。地震後に地盤沈下も発生して、以前に比べて約70センチも低くなっているせいで満潮時には海沿いの道路は冠水してました。

気仙沼でのパノラマ写真撮影

沿岸部の地域は津波により壊滅状態になり、いまでも土地の5%ぐらい(目測)が使われているに過ぎません。ただ瓦礫が除去されたことで、いわゆる地震の爪痕が目立つというよりかは、開発前の更地が目立つという印象でした。夜は街灯も無く真っ暗です。夕食を取りに外出したときに暗くて足下が見えず、何度も満潮時冠水後に残った水たまりにハマりました。そんな沿岸部地域のパノラマ写真が以下です。

第十八共徳丸のパノラマ写真

気仙沼湾から約500mのところに漂着してしまったのが、漁船「第18共徳丸」(全長約60メートル・330トン)です。たしかにこの巨大な船が陸上にあるのは異様な光景で、いまや気仙沼の復興観光のスポットになっていました。私が訪問した際にも他に5組ほどの観光客らしき人たちがいて、船に向かって手を合わせたり、写真を撮っていました。

気仙沼復興屋台村横丁

夕食は気仙沼復興屋台村横丁で食べたのですが、店長さんに震災直後からいままでの話を伺えました。

震災直後

・地震発生直後には、停電が発生していたため市内は渋滞が発生していた
・ある場所に行くのにその渋滞を避ける為に山側の道に向かった
・山側の道を降りて行くときに、津波が来るのが見えた
・家族は全員無事だったが、お店は波を受けて使えなくなってしまった

復興段階

・震災後に周辺の方のサポートも受け、屋台村にお店を開いた
・屋台村として知名度が上がったことや、知人からの口コミもあり、徐々に調子は上がってきている
・地元の人よりかは観光客向けの店舗である為、引き続き観光客には来てもらいたい
・被災地観光という意味では、気仙沼以外にも石巻、陸前高田、南三陸なども周囲にあり分散している
・最寄りの新幹線駅である一ノ関からは世界遺産平泉もあるので、そことセットで来訪などもあり

経済的復興はこれから

漁業も徐々に復活してきて、観光業もホテルや飲食店を中心に活性化しつつあります。今回のお店のプロモーション・宣伝もそうですが、このような復興段階・成長段階に入ると、当社にも活躍の場が出てきそうな雰囲気を感じました。引き続き、自分たちに出来ることはないか、自分たちのどの強みを活かせるか、などを考察しながら次回の訪問の機会を探って行きたいと思います。

soko aoki

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